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2013.02.07 (Thu)

奈良町豆腐庵こんどう

昨日の続きです。
奈良町を続けて散策してました。

直ぐ近くのならまち振興会館
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ここはちょっと覗いただけでした。
何故かって・・・それはお腹が空いてたから何か食べたい・・・もう1時やし

お店を探す為に近くをウロウロしたんですが、ほんま飲食店が無いんです。
京都なら観光地と美味しいお店はセットじゃないですか
それなのに奈良には観光地にお店がほんとんど無いです。
なんでなんでしょ?

あまりにも食べる所が無いのでちょっとイライラしてましたら・・・有りました。
庚申堂(こうじんどう)のすぐ近く

豆腐のお店のようです・・・他に店が無いのでここにお邪魔しました。
「奈良町豆腐庵こんどう」というお店
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中に入りますと琵琶のような音楽が流れてまして、静かな庭が見えてゆっくりできそうなお店

部屋は大きなテーブルが3つだけ
これだけゆったりしたお店は知りません。
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よく分からないので「雪」というランチのコースを注文しました。
最初に出てきたのが、右側がコクのある豆乳
真ん中が煮豆、左が水にさらしてない「おぼろ豆腐」
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コクのある豆乳を飲むと、昔、市場で飲んだ豆乳を思い出しました。
正直、あまり好きじゃなかったのです。

おぼろ豆腐は割り醤油を掛けて食べましたら、これがなかなか美味しい

続いて出てきたのが左側が湯葉さしみ
湯葉って高級な感じがして、それだけでも美味しいと感じるこの単純さ・・・あはあは
右側が生麩の田楽で、アワとヨモギの生麩を田楽にしてるんですと
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メインの豆乳湯豆腐
京都の湯豆腐も有名ですが、それとは随分違います。
奈良の郷土料理に飛鳥鍋がありますけど、何か雰囲気が似てる?
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これは豆腐だけではなく、豆乳も一緒にどうぞって
苦手なはずだったんですが、柚子胡椒に割り醤油を掛けて食べると、これが美味しい
豆乳もずっと飲み易くなってます。

こりゃ精進料理だね・・・奈良ではそう言わないのか


続いて、左がおから豆乳煮で右が柿とアボガドを味噌と木綿豆腐で和えたもの
いや~、美味しくて珍しくて高級料理を食べてる感じです。
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続いて野菜の天麩羅と、丸いのが豆腐と山芋をこねて大葉を加えて、しんじょう
の食感にしたもの、こんなん食べるの初めてや
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最後はご飯もの
中央あこの店特製の銀杏入りひろうす、と蕪の椀、それに絹豆腐の吸い物
黒米入りご飯、お代わり自由らしいけど、お腹いっぱです。
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食後のデザート
豆乳入りゆずゼリーとうぐいすあん
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いや~~~~、豆乳、豆腐づくしでございました。
肉も魚も全く無しでしたが、これは自慢できる料理じゃないでしょうか

これで2000円ですよ
ゆったりした気分で味わえる、いいお店でした。


お店のHP⇒奈良町豆腐庵こんどう



お店を出ますと、この通りに赤い丸いものが夫々の家にぶら下げてました。
良く見るとお猿さん・・・これどこかで見たよ
岐阜県にある猿ぼぼに似てるような気がしました。

この猿は、この通りにある庚申堂(こうじんどう)のお守りで身代わり猿と言われるものらしいです。
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悪霊祓い、疫病除けののご利益があるとか

ちょっと天気も怪しくなってきましたので、もう帰ろうと駅に向かいますが
途中寄ってみたかったところ・・・ならまちの中にある元林院町
明治の初めから、昭和にかけて花街として賑わったところだそうです。
多分、この辺りやと思うのですが
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よう分かりませんでした。
今でも舞奴さんが居るらしいです。

分からんので、興福寺の五重の塔を見て帰ります。
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これ以外にも、町屋の旅館で素晴らしい風情が楽しめる所があるらしいのです。
ここのいい所を探せば、ほんとにゆっくり出来ます。

なにせ外国人さんは殆ど居ませんし、観光客全体でも込み合う事なんかありません
いいところの情報が入れば、また来たいと思います。



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2013.02.06 (Wed)

ならまち

昨日、奈良町へ行って来ました。

が家のPCがPDFでエラーが出るので、アップデートしたら購入以来
自動更新にしていない為に138個もの更新、3時間経っても終わらず
途中中断・・・しかも立ち上げたら、エクスプローラが変ってて・・・あれ?
ばっかし

2部構成で今日は書けるところまで

奈良町はひらがなの「ならまち」の方がいいのかもしれません。
飛鳥時代の飛鳥寺(元興寺)の境内で栄えた町で、南都の町とも言われたところです。

場所は興福寺の猿沢の池の南側一体になります。

興福寺から歩いて10分程で元興寺に到着
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ここがこの町の中心となるのでしょうね
京都のような華やかさは全く有りませんが、このお寺も世界遺産のひとつです。

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中に入りお参りさせて貰いました。
写真で見えるように、殆ど人は居ないのです。

資料館などもあるのですが、京都のように僧侶の方も要る様に思えませんから
何か淋しい感じがしますけどね


少し移動しますと、名勝大乗院庭園
鎌倉時代に出来た回遊式庭園を再現してるとのことでした。
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ま、この辺は助走・・・あははは
興味が無ければ余り面白くないですけどね

更に、町中に入って行きますと、町の様子はこんな感じです。
ちょっとタイムスリップしたような町ですよ
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そして、ならまち格子の家に到着
中に入らせて頂きました。
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女優さん登場ですわ・・・・ああははは

こんな風やったと再現してます。
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あ~時間がありませんわ

明日は続きで、奈良らしい食事でございます。



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2011.05.14 (Sat)

奈良町

pray4j[1]

昨日の奈良の続きです。
興福寺を見てから、近くの観光地をということで
奈良町に行ってきました。
バウワウさんがレポしてたので、知ったんですが・・・あはは
興福寺横の猿沢の池
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猿沢の池から、10分程歩くと奈良町がありました。
奈良町は、奈良の都から長岡京へ遷都されたあと、町は荒廃したらしい
んですが、興福寺のお膝元として整えられ、江戸時代には商業都市として
発展していった歴史ある街なんです。

ただ、現在風の家と昔ながらの建物が混在した、こんな感じの町ですわ
金曜日の平日だったので、ぱらぱらとしか観光客が歩いてませんでした。
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砂糖卸専門店で150年の歴史を持つ店だそうです。
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いろいろ資料館みたいな処はあるのですが
平日休みで休日のみってところもあり、ちょっと寂しい感じです。
ここは、無料で見せて頂けた、格子の家っていうところ
こんなところで、お茶を飲んでみたいな
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奥さんと一緒なら、少し店にも入ってみるのですが
一人だとちょっと入りにくいな
ま、入れるのはみやげ物くらいで・・・・あはは

って面白い物を見つけました。
奈良町しぐれっ書いてる手ぬぐい
いや~、面白いので買ってしまいました。
家の家訓として部屋の壁に貼りましたよ(笑)
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皆さん、目開いてよう見てや
老眼の人でも見えるように大きくしましたで
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ここまで出したら、最後まで見て頂戴
曲はあるのやろか?
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ぷらぷらと歩いて、一通り周った後は
持ってる切符は市バスフリーも付いてるので
バスに乗って市内巡回して休憩です。
最後はお土産に柿の葉寿司を買って、帰りました
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今日の晩御飯は、各自自由にという事だったので
三宮に着いたら、一人で久しぶりの立ち飲みの串かつ
生中でグビィっと一杯・・・旨い!
「二度付けダメよ」の串かつも旨い
おでんは「兄ちゃん、大根と厚揚げお願い」
あれ、ビールがもう無いやんか
あ~どうしよう・・・5時までなら一杯290円やのに
5分過ぎてるがな、なんぼや390円か
串かつが中途半端に残ってるしな、もう390円な~
ありゃ、日本酒なら290円やんか
「兄ちゃんお酒、冷で頂戴」
ちゅび、ちゅびと啜りながら、残ったく串かつを食べました
酒も旨い、串かつも旨い、サイコ~
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一枚の写真でよう引っ張りますやろ・・・あはは

奈良の話はこれでお終いです。


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2011.05.13 (Fri)

奈良 興福寺

pray4j[1]

今年の初めに平清盛の記事を書いて、神戸観光を紹介するって書きました。
でも、まだ一回も書けてません。

何もしてない事は無いんですが、難しくて遅れが出そうです。

ネットで文献を調べながら、ストーリーを考えてたんですが
言葉、出てくる人の名前や家系等が複雑でイメージ出来なく
困ってたんですが、本屋で単行本を見つけたので読んでみました。

少し分かりやすく物語的に書いてて、多少理解できましたので
最初の記事として書くことにしました。
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この物語は、こんな話から始まります。

清盛が初戦で勝利したとき、捕らえた海賊の娘が
前に出て清盛に訴えた
「海賊働きせねば、食べていけぬ者たちは、どうすればよいのじゃ」
そして
「都の公卿たちは、毎日毎夜、宴を張り、恋文をとりかわしたりして
 遊んでいるそうな。公卿たちには、飢餓に苦しみ、子供が目の前で
 餓死するのを、黙って見ている親たちの苦しみなど、なにもわかるまい。

 その公卿たちの下知を受け、平家や源氏の武士たちは、大そう働い
 ているそうな。いずれも目の前の立身出世を望み、一族の栄えるのが
 目当てにて、いのちがけで戦っている。やがては朝廷に用いられ
 公卿と同じような毎日を送りたいのが、そなた達の夢であろう」

部下は、娘の首をはねようと言ったが清盛は
「この娘の言ってることは、尤もだ
 しかし、人を襲い金品を奪ってはいけない
 京に連れて帰って、分からせよう」

後に、この娘の影の力も加わり、清盛は成長していったのです。
願いは、平家の力によって争いのない京の都にしたい
その思いだけであったのです。

何か今の世にも通じるような話です。

その、京の争いとは
主に興福寺と延暦寺を指していたのです。 

僕は、神戸での清盛ゆかりの地を紹介をするつもりなのですが
神戸の福原遷都を実際ご存知の人は、少ないと思うのです。
神戸学検定の教科書でも、清盛が神戸の福原で行った事は書いてますが
その前後関係は書いてません。

そこを知らないと、本当に説明する事は無理じゃないかと思ってました。
何故に、神戸に都をもってきたのか?
何故、半年しか持たなかったのか

それより、清盛はどんな人物だったのか?
分からないことばかりです。

この本に登場するのは
1.京の都
2.比叡山延暦寺(滋賀)
3.南都(奈良)興福寺
4.福原(神戸)
5・厳島神社(広島)
6.大宰府(九州)
7.一の谷(神戸)
8.壇ノ浦(下関)

それぞれを自分の目で見ることが、大切じゃないかと思い
今日は仕事休みなので、最初に奈良の興福寺へ行ってきました。

行ってみると、鹿が早速お出迎えなのですが
やっぱり、綺麗なお嬢さんがお好みなのでしょうか
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久々に見ました五重塔
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東金堂
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昔は寺の僧侶は力を持ってて、今では考えられないんですが
争いごとの主役だったそうです。

それは、国宝館へ入ったとき、国宝の板彫十二神将立像が
あったのですが、どれも剣を持っているのです。
製作が平安時代のものですから、やはりお寺と剣は関係があったのでは
ないかと思うのです。


その興福寺を、清盛が亡くなる直前に息子の重衡に命じ
全滅させた。その時猛火によって、女子供も大勢いたので
後で助けようとしたが、火が強く助ける事が出来なかった。

それを聞いた清盛は、
「重衡は悪くない、自分の責任である
 わしはこれまで、仏に対しての供養、おこたらぬつもりであったなれど
 南部の二つの寺を焼いたる罪にて、極楽へは参れまいの。
 死出の山をただひとり、地獄へ向かうと思えば、心細く思うぞ」

何が言いたいって???
平清盛は優しい人だったんですよね

なかなか説明は難しいです。
訳のわからない記事になりました・・・あはは
でも、最後は福原遷都と美味しいお店紹介を完成させますよ


 
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