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2012.02.20 (Mon)

いざ出陣! No2

海賊討伐を体感してみよう
京都まで歩いて行ってみる
2日目、ちょっとややこしい道を歩いてみました。

2日目の終わりは、上牧というところ
さっぱり分からないと思いますので、地図を借りました。
下のURLをクリックして貰って、サイズを県の辺りまで
縮小して貰うと、左下に神戸、右上に京都、2日目の地点が
マークの部分になります。
http://maps.loco.yahoo.co.jp/maps?p=%E4%B8%8A%E7%89%A7&lat=34.87206885923401&lon=135.66175587270126&ei=utf-8&datum=wgs&lnm=%E4%B8%8A%E7%89%A7%E9%A7%85%28%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%BA%9C%29&idx=25&v=2&sc=3&layer=4

この日の到着駅、阪急電車の上牧駅です
駅周辺はマンション等がある住宅地ですが
ちょっと離れると、畑がいっぱいの場所でした。
003_convert_20120220071913.jpg
歩いた歩数、約5万6千歩
010_convert_20120220072943.jpg
距離約31km
008_convert_20120220073252.jpg
実際は、もう少し距離が有りそうです
なぜなら、迷いながら歩いて高槻という所で国道の道路標識
神戸48kmでした。
歩いた距離とほぼ一緒、ジグザグの余分があるはずですが・・・不明

2日目の出発は、地図上では尼崎という所で
電車や国道は大阪に向います。
でも、それは京都から離れる方向になるため
豊中、吹田、茨城、高槻というルートにしました

でも、それは国道も無ければ電車も、そのルートはありません
ただ以前勤めてた会社の近くでもあるので、ある程度の土地勘も
ありなんとか歩くことが出来ました。

この辺りは、山や海が見えません
どこを歩いてるんやろ?、そんな感じになってきます。
神戸のように山が見えてたら楽やのに・・・

それでも何とか車で走ったことがあったので、吹田まで順調でした。

ところが、全く来た事が無い場所になると急に不安になるんですね
国道から離れて歩いていくと、急にモノレールが見えて
ここはどこ?モノレールってひょっとして方向間違ってる?
と思って、国道の看板見たら・・・奈良って書いてある
は、?奈良方面?・・・方向が逆やんか
これは、まず電車の駅まで戻ろう

分かったのは、大阪の地名に奈良ってあるんですわ
ややこしい地名やな

そして、電車道に沿って歩こうと決め、右側に電車道って決めました。
これが歩けんのです。沿線に沿って歩道が無いのです。
しかも、住宅地の道は入り組んでるし、高架はあるしで

でいつのまにか、右側に電車道って思ってたんですが、反対の道を
歩いていたんです。
それを、右側に電車が走ってるから、右、右方向なんて思ってたら
どんどん離れて、さっぱり分からず川沿いを歩いて居ました。
さて、私はどこを歩いているんでしょう状態

工事中の警備員さんに高槻はどう行けばいいの、と聞くと
反対方向へず~~~~~と行ってくださいって

物凄く遠回りになりました。

更に、完全行き止まり状態の住宅街
道幅は広いのに、車や人が来ないように、完全行き止まりに
してる場所なんかもあるんです
出口を探し回って、500m以上逆戻りしましたよ

この日の最終地点は、山裾にある場所
これより京都までは、ずっと山裾を歩きます
神戸も山裾じゃないですか

ならば、ずっと山裾を歩けば京都から神戸に迷わず歩ける
しかも山なら綺麗な水が流れてただろうにって思ったんですよ
調べたら、その通りでした。

平安時代の街道は、京都が基点として道があり
山陽道は京都から山沿いに神戸に向ってたんです
ほぼ直線になります。

もし平安時代の道を歩けたのなら、こんな遠回りも無く
もっと京都に近づけてただろうと思いますよ
2日で神戸→京都は行けた
これが結論です

馬を使えば、1日も不可能じゃなかったようにも思えます。
馬に餌をやったりするところを駅と言って、訓読み「うまや」なんですね

平安末期には、これが宿になっていったそうですから
人も馬も結構、往来があったんでしょう

でも海賊討伐に、大勢の人間や馬が一度に行けたのかな?
凄く目立つやないか
海賊側の情報網は無かったのかな、あれば地元有利に思うんだけど

新たな疑問ですわ




先日の三十三間堂の疑問が分かりました。
僕の間違いでした。
三十三間堂は二つあったんです。

忠盛が白河法皇に寄進した三十三間堂は、もう少し北側で
京都の地震で壊れて無くなってしまいました。
その後、清盛が後白河法皇の命を受けて出来たのが
地震対策まで施した、今の三十三間堂だったんですね

阪急電車の紹介も、2つありましたわ
だけど書き方が悪いぞ
今の三十三間堂のところに、忠盛が建てた三十三間堂と書いて
嵐山方面に、清盛が建てた三十三間堂の説明とは

ま、自分の知識の無さを棚に上げて言っております・・・あははは



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08:51  |  平清盛解説&ゆかりの地  |  トラックバック(0)  |  コメント(4)  |  編集  |  Top↑

*Comment

会長!
快調ですね!
ほんま怪鳥やわ。
30k歩くなんて・・・(;一_一)。

それに研究熱心でびっくりしました。
今、松本清張の「清張通史」というのを読んでますが、
日本史の謎を鋭く推理してゆく清張流の歴史書です。
非常に面白い!
会長も第二の清張になれまっせ!

そして、その鍛えた足で江戸まで来たら凄いですなあ@@。
NANTEI |  2012.02.20(月) 09:08 |  URL |  【コメント編集】

■NANTEIさん

歩けるもんですわ
自分でもちょっとびっくりしてますけど

でもこうやって考えながら歩いてみると
清盛関連の覚えた記憶が点から線になって
繋がっていくのが面白いです

江戸まで東海道五十三次ですな
いや~面白そう・・・やけど無理・・・あはは
メタボ夫婦 |  2012.02.20(月) 09:37 |  URL |  【コメント編集】

いや-会長 健脚ですね。
でも歩く旅ってここの所全然ですから30Kも歩けないですよ
せいぜい5Kくらいか 昔の人間は偉大だ~
EGUTI YOUSUKE |  2012.02.20(月) 14:04 |  URL |  【コメント編集】

■EGUTI YOUSUKE さん

昔の人は偉かった
ほんと、そうですね

僕は、車に乗らなくなって必然的に
歩くようになってきました。
でも電車、バスが無いとダメですけどね
メタボ夫婦 |  2012.02.20(月) 20:25 |  URL |  【コメント編集】

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