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2012.08.05 (Sun)

平清盛「伊豆の流人」

今週は内容がもうひとつよう分かりませんが、それなりに・・・あははは

番組のあらすじはNHKのHPからご覧ください⇒

前回までの解説と新相関図はこちら⇒


今週もまず王家の出来事から説明します。

平家一族の平滋子が後白河上皇の寵愛を受け、憲仁親王が誕生するのですが
直系から外れているので、次期天皇には順仁親王の方に権利があります。
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当時、二条天皇と後白河上皇は対立していました。
そのため二条天皇は自分が病気で倒れた時、後白河上皇が憲仁親王を大子にして
天皇を憲仁親王にするのではないかと思い、当時生まれて間もない生後7ヶ月の
順仁親王を対抗して急遽、皇太子にします。

その2ヶ月後、生後9ヶ月で六条天皇が誕生するのです。

間もなく、二条天皇は亡くなります。
その後の六条天皇はまだ赤ん坊ですので、政は行えませんから摂政が実権を握ります。
そうすると後白河上皇は摂政には負けていません。
予想通り、六条天皇を上皇にして、自分の息子の憲仁親王を天皇に即位させて
高倉天皇が即位するのです。

勿論、高倉天皇はまだ子供のため、後白河上皇は院政を布いて政を自分で
するようになっていきました。


高倉天皇が即位すると、更に平家は天皇の姻族として昇進していきます。
平家の相関図を表して見ます。
heike51_convert_20120805070655.jpg

この時、清盛が次期棟梁と決めていたのは・・・・
自分の兄弟ではなく、長男の重盛だったのです。

従って、清盛と同じ様にどんどん昇進していったのは重盛だったのです。

そこで問題になるのは本来、父の跡継ぎは頼盛だったはず
そう思ってる母、池禅尼でした。
この池禅尼を命の恩人と思ってたのが、伊豆に流された源頼朝だったんです。


平家はこの後、一の谷の戦いで源頼朝に敗れて、四国の屋島に逃げていき
壇ノ浦の戦いで、完全に滅びてしまうのですが・・・・・・

滅ぼされた平家のなかで一人だけ源頼朝に大事にされたのが、平頼盛です。
池禅尼のただ一人の息子に、命を助けてもらった恩返しをしようという事なのでしょう
一の谷合戦の後、鎌倉に行き、丁寧な対応をされてます。

頼盛はその後、京都に戻って静かに暮らし亡くなってます。
今日は、親子に登場してもらいましょう
左が父親の源義朝、右が源頼朝・・・・えらい違い!


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     「平治物語絵巻」より          神護寺蔵源頼朝 



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テーマ : 雑記 ジャンル : 日記

07:58  |  平清盛解説&ゆかりの地  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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