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2012.08.26 (Sun)

平清盛「清盛 五十の宴」

ブログ更新が2日も止まってしまいました。
しかも再開があまり・・・いや、殆ど人気の無い平清盛とは・・・トホホ

大河ドラマは33回目で2/3が過ぎましたが
僕の清盛の記事も、22週連続で頑張っとります。
ただ先週は、オリンピックで抜けた分を休まさせて貰いました。
兎に角最後まで、頑張るべ

しかし複雑な物語ですね

番組のあらすじはNHKのHPからご覧ください⇒

前回までの解説と新相関図はこちら⇒



人生五十年と言われてた時代に、清盛は五十歳になり
この時、位階は従一位で太政大臣まで上り詰め、名実とも最高位に就くのです。

当時の権力を維持するのに、当然、経済力が重要です。
それは各地の荘園のオーナーになって、税として納めさせるんですが
ま、何時の時代も同じですけどね

しかし平安時代・・・・京都に居ながら、どうして自分の地方の土地を守るのか
言葉だけなら、へぇ~って思うだけですけど、地図見てもらったどうです?
chizu2.jpg
新幹線も、飛行機も車もありません。
勝手に泥棒が入って、米や他の物を持っていってしまうじゃないですか
そんな事があっても、京都に居たら分かりません。

藤原家が巨大な権力で日本中を支配したのですが、貴族の腕っ節は弱い
だから各地に、その財力で兵や武士を雇ったのです。
その武士が源氏が中心で、藤原家と源氏の関係では、武士が公卿になる
なんて思いは無かったのです。
公卿や貴族の藤原家としては、使いやすい武士でした。

それが白河上皇の時代から平家が登場し、保元の乱や平治の乱で、源氏や
藤原家が完全に敗北し、藤原家の財産は忠通が辛くも引き継ぎ守ります。
しかし忠通にしても、やはり誰かに荘園を守ってもらわないと困る訳で

そこで滅びた源氏の代わりに依頼を受け、荘園を守ったのが平家なんですね
藤原家は平家を嫌いながらも、使わざるを得なかったんです。

王家にしても二条天皇亡き後、後白河天皇は院政を行いたいため、藤原摂関家
勢力衰退を望み、清盛や平家一族の台等を容認します。

その結果が、冒頭の清盛の位階であり太政大臣の位なんです。
heijigo21_convert_20120825202635.jpg
そして藤原邦綱の計らいで、平家一門の盛子がその藤原家の財産を
把握する事になるんです。
これで清盛は地位と財産を一挙に手に入れ、最盛期を迎えます。

でも実際に王家も、藤原家もそれが面白くない
清盛は邪魔者になってきます。

それを清盛も感じ取り、京都から離れた神戸の福原に別荘を建てて
港も整備し、そこに自分は移って貿易をしようと準備してたのです。

ところが・・・・・清盛が倒れます。
医者を呼び、祈祷師を呼んで病気回復を願いますが良くなりません
そこで清盛は、最後の手段として出家を決断するのです。
(病気はどうも寄生虫によるものらしかったそうです)

そうなると名誉も要りません。
太政大臣を辞任して出家し、本格的に福原を活動の拠点をしようと
考え始めるのです。


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08:59  |  平清盛解説&ゆかりの地  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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