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2012.09.23 (Sun)

平清盛「殿下乗合事件」

チャーのことでご心配かけました。
とりあえず、点滴と注射で様子見の状態、これまた原因が分かりません。


この事は別の機会に書くとして、今日の清盛の記事は何時ものNHK出版が
遅れてて内容が把握出来てません。ちょっと的外れが出るかもしれませんが
そこは、ほれ、ご容赦を・・・あははは

番組のあらすじはNHKのHPからご覧ください⇒

前回までの解説と新相関図はこちら⇒

今更ですが、この物語を書くに当って基になる記録は大まかに3つあるのです。
1、「平家物語」・・・鎌倉時代の軍記物語で作者は不明
2、「吾妻鏡」・・・・鎌倉時代の歴史書。1180年~1246年までなので今回は対象外
3、「玉葉」・・・・・平安時代末期から鎌倉時代初期までの九条兼実の日記

何で今頃分けの分からないことを言うかと言うと、平家物語と玉葉では内容が違うのです。
今日の「殿下乗合事件」、1170年頃の話

<平家物語>
平家の棟梁となった重盛(窪田正孝)の次男資盛が、手下を連れて鷹狩りに行った帰りに
摂政の藤原基房(細川茂樹)の集団と出くわします。

本当なら、下馬して礼を尽くさないといけないのですが、資盛は下馬しなかったため
基房の手下は資盛の手下をボコボコにしてしまいます。

それを聞いた清盛は、ある日300騎の兵で基房の手下をボコボコにして基房に恥を
かかせるのですが、重盛は悪いのは礼を欠いた次男の資盛の方であると、これに関わった
侍を勘当し、資盛を伊勢で謹慎させたというのです。

コレを聞いた民衆は、清盛は何と悪いやつで、重盛は良識ある偉い侍であると褒め称えた
というのが平家物語



一方「玉葉」では、同じ様に資盛の一団が基房の手下にボコボコにされるまでは一緒なんですが
資盛が重盛の子、いや清盛の孫と知った基房は驚いて、重盛の所へボコボコにした
手下を重盛に引渡し、勘当して許してもらおうとするのです。

ところが重盛は納得せず、それを返してしまいます。
報復を恐れた基房は、更に返された手下を検非違使に引き渡します。

しかしそれでも重盛の怒りは収まらず、ある日基房の軍勢をボコボコにして仕返しするのです。


一体どっちが本当なのか?
どうも玉葉の方が正解で、平家物語は作り話というのが一般的なようです。

このときの騒ぎにには、清盛は福原にいて高倉天皇の元服の儀について検討していたようです。


どうも平家物語は、鎌倉時代に書かれた(つまり源頼朝の時代)ものですから
何としても悪いのは清盛・・・みんな清盛が悪い・・・雨が降っても清盛が悪い
そういう風に纏めないといけなかったのでしょうね


その結果、現代になって平家物語が昭和以後に盛んに映画化されたりして、清盛
は悪いやつと言うのが定着していったのでしょう


今日は短い記事になりました。
さあテレビではどうなってるのでしょうか?????





okazu03[1]



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テーマ : 雑記 ジャンル : 日記

18:50  |  平清盛解説&ゆかりの地  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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