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2012.10.21 (Sun)

平清盛「賽の目の行方」

NHK出版から本が出ないですね
想像するに、少しでも視聴率を上げるためにタイトルを変更したり
してるんなじゃいでしょうか
ほんと、今回は皆さんご苦労されているようです。

番組のあらすじはNHKのHPからご覧ください⇒

前回までの解説と新相関図はこちら⇒



今日の内容は、有名な「鹿ケ谷事件」或いは「鹿ケ谷の陰謀」と言われる内容ですね
なんでタイトルをこうしなかったのかな?

本題に入りまして、建春門院が亡くなった事により王家のバランスが崩れます
そんな時にある事件が起きるのです。
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西光の子、師高(もろたか)と師経(もろつね)はそれぞれ加賀守と目代でした。
その目代の師経が自国の末寺で事件を起すのですが、そのことに怒った寺の僧侶が
比叡山に対し訴えるのです。

比叡山の大衆は、後白河法皇に藤原師高の配流を要求し、神輿を担いで強訴しましす。
ouke842_convert_20121021120254.jpg
そのとき、警護していた平重盛も家人が神輿に矢を当ててしまい、話がこじれます。
後白河法皇としては、西光の長男ではなく、次男の師経の流罪で話を纏めようとしますが
比叡山の大衆は納得せず、神輿を置いて帰ってしまいます。

困った後白河法皇は、結局大衆の要求を受け入れ、長男の師高を配流、平重盛の家人を拘禁
する事で決着するのです。
これで治まれば問題無かったのですが、後白河法皇としては面目丸つぶれ、これで黙るはずも
ありません。

西光は長男の師高が流された事に悲しみ、法皇に訴えるのですが、後白河法皇はこういう事態
になったのは、比叡山の天台座主・明雲が許可したからだ、と突如として明雲を当時の警察で
ある検非違使に逮捕させ、座主の地位を剥奪、伊豆国へ配流する決定をするのです。

明雲を伊豆国へ送る時、源頼政(宇梶剛士)を護衛に付けますが、これに怒った大衆は途中で
明雲を奪還し、比叡山に連れて帰ります。
摂津源氏で平家寄りの頼政は、僧侶に武力で対抗は出来なかったようです。
後白河法皇は源頼政を叱り、次の攻撃を仕掛けますがこれも失敗し、比叡山との戦いになるのです。

平家はここまで、この話には加わっていませんでしたが、後白河法皇は怒り狂い、突如、平重盛
宗盛に対し比叡山攻撃命令を出すのです。

驚いた二人は父・清盛に相談します。
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清盛は、後白河法皇を交えた鹿ケ谷の会議で、平家滅亡を企んでると判断し
西光を捕まえ拷問し惨殺します。その他の人々も尽く惨殺し平家を守ろうとするのです。

この結果、清盛と後白河法皇は決定的な溝が出来上がっていくのです。

この平家滅亡の密談が本当にあったのかどうか分かりません。
今ではこの滅亡の密談は、清盛のでっちあげだったとも言われています。

段々と清盛は、武力で平家を守ろうとし始めたようですね!


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テーマ : 雑記 ジャンル : 日記

13:54  |  平清盛解説&ゆかりの地  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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