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2010.11.19 (Fri)

最後の家族晩御飯

いよいよ、今日がばあちゃん(母親)と一緒に食べる
最後の晩御飯になりそうです。

いきなり、暗い話ですみません。

土曜日の朝から移動し、徳島県阿南市にある老人施設に入所します。
同居して25年、いろいろありましたがこれ以上の介護は無理と
判断して決めました。

現在の家にある、介護ベッドや介護用品は解約となり
全て返却しますので、もう戻って寝ることも出来ません。

母親に話をしましたが、余り反応しません。
十分理解できていないのだと思います。

今日の晩御飯
水炊きにしました。
002_convert_20101119180159.jpg


これからは奥さんと二人、そして猫2匹の生活が始まります。

この後に、介護の始まりから決断した状況をまとめました。

【More・・・】

母親が「しんどい」と訴えて、病院に連れて行き
緊急入院となったのが去年の11月、ちょうど1年前

入院した翌日に心臓が停止し、救急病棟であったことから
直ぐに処置して、なんとか持ち直しました。

ここから、介護が始まります。
心臓の方はなんとか治療し、いつ止まっても不思議ではない
というレベルでしたが、年齢のこともあり、治療終了になりました。
ただこの時から食事を全く取らない状態になり、原因を調べても
不明ということで、退院となった訳です。

家に帰って直ぐに衰弱し、3日後ベッドから落ちて大腿骨骨折

違う病院に入院となり、手術ということに決定しましたが
心臓の病気ため、血液をサラサラにする薬を飲んでおり
手術ができず、1週間延びました。

手術は成功したんですが、せん妄がでるわ、何も食べず点滴だけということで
結局リハビリ無理、退院か転院の選択となったわけです。

進められた療養型病院は病室の様子が地獄のようで、この様子を見たら
病室へ行くことも無理と思え、家に連れて帰りました。

病院からは「本当に大丈夫ですか?」と言われましたが
母親の状況を十分に理解していませんでした。

この後、僕は会社を休み退職となりましたが
多少準備もしていたので、大きな混乱は起きませんでした。

本格的介護が始まりました。
何も食べない
おしっこが出ない(バルーンを付けました)
当然便も出ない
座ることができるが、動けない
自分で寝返りできない、動けない
昼夜逆転

今から思うと、よう生きてたなと思います。
こんな状態でも、病院は退院を要求します。

家に連れて帰ったらすごい声で要求が始まります
体を動かせと
1日で腰がおかしくなりました。
ちょっと買い物に出かけたら、ベッドの柵を外して下に落ちてました。
何ともなかったようでした。
その晩、少し休ませるため病院とも相談し睡眠薬を飲ませたんです。

そしたら、翌朝意識が朦朧として、足が痛いといっている
訪問看護師さんを呼んで、救急車と共に三度病院へ
しかし、検査した結果悪いところは見当たらない
病院は夜11時、帰ってくれ・・・と
意識朦朧で痛がって、全く動けない母親を、どうして
連れて帰れる?
医師に頼み込んで、イヤミを言われながら入院しました。
結果、睡眠薬が効きすぎる体質と言う事がわかりました。

病院ではせん妄が酷く、夜も泊り込んで落ち着かせました。
それでも、急遽部屋を替わってくれと言われたり大変でした。

家に帰り、付きっきりの介護です。
でも、食べる物を探していたら、チョコレートを食べました。
そこから何でも食べる物を探して、やっと食べるようになったのです。
介護関係の方に話すると、殆どないことのようです。
みんな胃に穴を開けるとか、チューブを通すとかの処置になるようです。
人間じゃなくなりますよね。

薬もいろいろ、効果や副作用を調べました
医師の指示に反して、調整もしました。
落ち着かせるため、毎日午前と午後に車椅子に乗せて
1~2時間散歩しました。

毎日繰り返しました。

一番困ったのは、便の問題です。
出ない、苦しいって喚きます。

母親の股を覗き込んで、便を掻き出して浣腸
出来ますか?・・・出来ません

訪問看護師さんが、対応してくれますが
病院も嫌がり、なかなか対応してくれません。

裏方をしてくれてる、奥さんが助けてくれます。
僕が出来ないことを奥さんがやってくれます。

そんな奥さんに、母親は
「あんたは薄情や」って言います。
奥さんは落ち込んでます。僕は怒ります。
だから・・・僕が前面に出て対応するのです。

仕事辞めてでも、その方が良かったと今でも思ってます。

長いので、続きは次回に書きます。

テーマ : 雑記 ジャンル : 日記

16:06  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(11)  |  編集  |  Top↑

*Comment

■・・・。

泪で読みました。私も同じ経験を持っているからです。
結論から言いましょう。本当によく介護しましたし、よく施設に任せることを決断しましたね。子供としてはお辛いでしょうが、これはどちらにも良いことです。何故かという詳しいことを話すのは、とても長くなるので止めますが、少なくともご夫婦の精神的負担を減らすということは、お母様に対する心の余裕が出来るということです。悔いのない親孝行はあり得ないほど難しいものですが、これで良かったと思ってご夫婦仲良く過ごしてゆくことが、もしかしたら大切な親孝行になるのではないかと思っています。本当にご苦労さま、そして奥さまに感謝でしょうね。
NANTEI |  2010.11.19(金) 19:56 |  URL |  【コメント編集】

お久しぶりです。今日の記事を読んで,しんみりしています。

うちの親父は81歳,お袋は77歳。57歳だったかなぁ...脳血栓で倒れた経験のある親父は,倒れた後の人生は付録だと言っています。ボクは,「ずいぶん立派な付録になったね」と憎まれ口をきいています。今のところ,両親二人で元気に暮らしてくれています。

仕事が辛いなどと言いながら,しょっちゅう酔っぱらっているボクは,本当はとても幸せ者なのかもしれません。

いつボクがメタボ夫婦さんと同じ境遇になるかわかりませんので,とても不安ですが,せめて両親が元気なうちに,できることはしておこうと思います。

メタボ夫婦さんの選択の是非は,正直なところボクにはわかりません。ただ,お二人が健やかに暮らしていけることを心から願っています。
みぃみぃさん |  2010.11.19(金) 21:59 |  URL |  【コメント編集】

■御立派です

私も同じような境遇にいつなるのかなと思っております、今のところ
母も元気ですがこの間入院した時は妄想と言うのかせん妄と言うのか
の症状がでてわあ-と思いました。

だからメタボ夫婦さんの決断は正解です 私は自信を持っていえます
母が入院した病院も地獄絵でした。ここには置いとけばいけないと思いなるたけ早く退院させました。あのままでは母も完全にぼけてしまったではないかと思います。

出来る限り施設を訪ねて会いに行ってやってください。

最後に本当に御立派な介護です
EGUTI YOUSUKE |  2010.11.20(土) 09:25 |  URL |  【コメント編集】

■ご苦労様です

先々月に亡くなった祖母とダブります。
・・・もうホントに「ご苦労様でした」「お疲れ様でした」の言葉しか出ません。
税金の使い方、もう少し考えてほしい。
医療費抑制は必要かもしれないけれど
それよりも抑制するものはいっぱいあるはず。

安心して老後を過ごせる
老老介護を心配しなくていい暮らし。
共働きでないと暮らせない毎日。
「人間らしい最低限の文化的生活」ってなんだろう、
と考えてしまいます。

本当に今の日本、おかしいですよね。
精一杯やれるだけのことはやった、そう自分に言い聞かせて
これからはご自分のお身体をいたわってください。
人生、誰のものでもないですから・・・



Kino |  2010.11.20(土) 10:23 |  URL |  【コメント編集】

■お辛いでしょうが。

いつか自分もそういう時が来るかもしれないし、来ないかもしれないし
私は先月、伯父を天国へ送ったのですが、看病される方の苦労というか、在宅へ移動しなくてはいけなかったのに、伯父の子(私の従兄弟)は障害者のために親の面倒が見れず、施設に入ることしかできなかったんです。
だから、メタボさんの努力、本当にごくろうさまでしたとしかいいようがないです。

伯父をちゃんとした施設に入れたくとも、症状では入れられない、でも、在宅にしても子どもは面倒見れない 知的障害児・・・・じゃあ誰が介護するの?と末娘の母は翻弄しjました。
いろんな家庭の事情を受け入れてくれる介護があるべく税金を使っていただきたいものです

昨日の国会答弁をまどろこしく腹立たしく聞いて、なおさら、もっと政治家さんはやることが他にあるのでは?と疑問だらけになりました
koh |  2010.11.20(土) 12:59 |  URL |  【コメント編集】

■そうですか

いよいよですね
そうしなくちゃいけない
このままでは共倒れになると分かっていても
そしてそれは自分の中で区切りをつけているつもりでも
いざ親を入所させるとなると
複雑な気分になるものです

うちの場合は義親でしたが
それでも涙が出てきて困ったものでした
ましてや実親となると・・・

しばらくは気が抜けたような生活になるかもしれません
お疲れ様でした
ちなみにうちも25年間の同居生活でした
馬場エマ |  2010.11.20(土) 15:47 |  URL |  【コメント編集】

勇気ある立派な決断だと思います。

ずっと、ブログを読んでいるので、メタボ夫婦さんのやられてきた行動は素晴らしいことは伝わってきていました。  これからちょっと寂しいとは思いますが、メタボ夫婦さん自身が、気落ちしないよう、しっかりしてくださいね。

やるだけのこと、出来ることはすべてやっての決断ですから、
一番正しい判断であります。
ゴルッテリア |  2010.11.20(土) 17:52 |  URL |  【コメント編集】

続き読ませてもらいました。

とても勇気がある決断で辛かったでしょう。
私も嫁にき、旦那のじいちゃんの病気が発覚
そして、私はお産で実家にもどる事になり、
最後の看病ができませんでした。
後から看護婦さんに聞いたら
毎日のように私を待っていたそうです。
私はその事がとても今でも悔やんでますけど
最後、意識のない時に会いに行き、普通に起き上がって
子供の写真を見てくれたことが今でも覚えてます。
こんな事話してすみません。
読んでるとじいちゃんの事を思い出してしまいまして
かさねてしまって  コメしてる時も涙が・・・・とまりません。

メタボ夫婦さんたちは今まで頑張ってやってこられた
事はお母さんにも伝わってると思います。
出来る限り会いにいってやってくださいね!
そして、自分達の体も大切にしてくださいね!

Emily |  2010.11.20(土) 20:59 |  URL |  【コメント編集】

読みながら、涙が出てきました。

メタボ夫婦さん、応援しています。
バウワウ |  2010.11.20(土) 22:54 |  URL |  【コメント編集】

家も祖母を高齢の母が看ていたのですが最後は施設にお願いしました。
私が仕事を辞めるわけにはいかない状況でしたので・・・。
奥様もお辛かったでしょうね。
家の祖母も母の兄弟達が来ると愚痴をこぼしていました。
そりゃ年に何回か会いに来る人はいつでも良い顔をできますよね。
毎日顔を合わせて介護する大変さを私は知っています。
自宅では限界があることも・・・。

安心して歳をとれない日本の医療にも本当に腹が立ちますね。

本当にお疲れ様です。
これからはお二人の時間も大切になさってください。
アビmama |  2010.11.20(土) 23:05 |  URL |  【コメント編集】

コメント戴いたみなさんへ

あたたかい励ましのコメント有難うございました。
一人ひとりコメントさせて頂くべきですが、まとめて
返事させて頂きます。

他に介護されてる方からすると、まだまだ短いって思われる
かもしれませんが、少なくとも精一杯やったつもりです。
今後は施設にいる母親に面会に行くことで、親孝行したいと
思っております。

これからも、明るいブログを書いていこうと思いますので
どうか、宜しくお願いいたします。
メタボ夫婦 |  2010.11.21(日) 13:27 |  URL |  【コメント編集】

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